3.研究の概要
 第1章では、先行研究をもとに児童画研究の歴史的変遷について触れ、子どもの描画過程に着目した「プロセス・アプローチ」がどのように注目されてきたのかについて調べた。それによると、「発達的アプローチ」「臨床−投影的アプローチ」「芸術的アプローチ」と児童画については様々な分野で研究されていたが、どれも児童画の表層構造のみの考察であった。しかし、一つの絵の最終構造を決める、描画の構成過程そのものが果たしうる役割が注目され始め、それが子どもの美術をよりよく分析するのに役立つだけではなく、立案と組織化の技能一般の発達を理解する上でも前進の可能性を切り開くと考えられるようになった。また、児童画の「描き順」や「プランニング(立案)」についての今までの調査結果についてまとめ、以下の疑問点を明らかにした。

・円の描き順は就学前の子どもは「反時計回り」が多いが、低学年ではどう変化しているのか。

・左右の描き順で、外国の子どもは英語の書記法の為に左→右になるが、日本の子どもの場合はどうなのか。  

・人・家・動物など複数のモチーフを描く時、それぞれの相対的な大きさを正しく」描けるのか。

 第2章では、第1章での疑問を明らかにするため、小学1年生(本学附属小学校)30名(男子14名、女子16名)を対象にした調査を行った。
 調査氓ナは、「直線・波線・円・渦巻線・人物・動物・家」という7項目の描き順についての予備調査を行い、また「家の外で友達と好きな動物と遊んでいる様子」として「人物・動物・家」の三つのモチーフの描き順についても調査した。その結果、子どもの描画過程には時計回りや反時計回りといった何らかの規則性があり、個人別の集計結果では「直線・波線」や「円・渦巻線」など、それぞれ似通った構図のモチーフに対して、共通した描き順や配置が見られた。また、先行研究に照らし合わせると、描き順には就学前と就学後では変化が起こっており、英語の書記方を学ぶ外国の子どもと日本の子どもでは、「円・渦巻線」において回転方向に違いがあった。「人物・動物・家」の描き順としては先行研究と違い、それぞれの相対的な大きさの違いを反映させて描けている子どもはごく少数であった。この場合、子どもの意識の中で、それぞれの大きさがどのように捉えられているかについては判断できなかった。このように今回の調査では、子どもの描画行為の中でどのような思考過程やその変化が起こっているのかについてまでは深められなかった。

 第3章では、第2章で疑問に感じた子どもの意識過程について、抽出児3名を対象に調査(調査)を行った。
 調査では、3種類の絵(「最近あったことで一番印象に残っていること」「大きくなったらなりたいもの、したいこと」「好きな絵」)をパソコンのモニター上に描いてもらい、履歴機能を活かした聞き取り調査を実施した。その結果、子どもの絵の描き順にもその子なりの試行錯誤があることが分かった。例えば、「最初に描きはじめる場所」についてはその後に何を描くかという「プランニング」が関係しており、子どもは絵を描く前に全体の構図をほぼ決定していると考えられる。しかし、描画過程で構図や配置を修正する子も見られ、これは、描いている最中に意識やプランニングに変化が表れた結果であり、絵の「振り返り」によるものであると考えられる。以上のことから、子どもは絵を描くにあたって、様々な思考のプロセスを経て一枚の絵を完成させ、絵の描き順や配置にも何らかの想いがあることが明らかとなった。また描画履歴を活かした美術教育の利点としては、子どもが一度描いた絵を見直す「振り返り学習」(試行錯誤)が容易であることや、教師が児童画における描き順や描き直しを見て子ども個々の思考プロセスを知り、それを描画における「学習支援」に活かせられるなどの点があると考えられる。

4.研究の反省と今後の課題
 本研究によって上記のことが明らかとなったが、調査の対象を小学1年生に限定してしまい、学年が上がるに従って子どもの描画過程にどのような変化が表れるのかについては明らかにできなかった。また「プランニング」では、画面全体のスペースを考慮に入れた構図なのか、全体ではなくモチーフの位置関係のみの構図なのかについても今回の調査では分からなかった。実際の授業現場で教師がどのように支援するのか、それによって子どもの絵にどのような変化があるのかなどについても触れずに終わっている。この研究をより深いものにするためには、調査範囲の拡大、描画教育との関わりに着目した調査が必要となる。このような点に配慮し、今後もさらに研究を進めていきたい。

5.主要参考文献
・グリン・V.トーマス/アンジェル・M.J.シルク,<中川作一監訳>,『子どもの描画心理学』,法政大学出版局,1996.
・Ph.ワロン/A.カンビエ/D.エンゲラール,<加藤義信/日下正一訳>,『子どもの絵の心理学』,名古屋大学出版会,1995.
・G.H.リュケ,<須賀哲夫監訳>,『子どもの絵』,金子書房,1981.

最下部に描画履歴の例をクイックタイムムービーとして収録しています。

最後に描画履歴のファイル例があります。
履歴描画の例(QuickTimeMovie)

描画履歴を下のコントローラーを使って再生することができます。