MIEの可能性

兵庫教育大学 教授  鈴木 寛


   ◆MIEはカリキュラム・ソフト

 MIE(Music In Education)はコンピュータ・テクノロジーによる音楽教育の教育機器である。

 MIEのキャッチフレーズは”Untill today,school music has been taught by the book"である。教科書だけに依存してきた従来の音楽教育に対して、MIEはコンピュータがマネージする145項目のカリキュラムを提案している。

 日本には指導要領という教育内容に関する基準があり、カリキュラムの構成は個々の学校や教師に任されてはいるものの、教材やそれを取り上げる時期等は基本的に日本中同じである。しかし、アメリカのように義務教育の中での音楽科教育が確立されていない国では州やカウンティ、或いはもっと小さな単位の自主的なカリキュラムが音楽教育の全体構想を持たないまま実施されているに過ぎないのである。

 自由の国、アメリカでは教育内容に関するコントロールを排除する風潮があるとは言え、偏った教育の結果が随所に現れるに至って色々な角度から「スタンダード」な教育についての論議が行われるようになった。MIEは音楽教育の内容についての十分な研究に基づき、145項目の学習すべき内容を設定したのである。

 一見すると、MIEはMLのようでもありCAIのようでもある。しかし、そのハードウェアより寧ろソフト・ウェアにMIEの特徴を見出すことができる。

 日本の指導要領が、いくつの基本的項目を持っているのかを数えることは出来ないが、大きく「鑑賞」と「表現」の2領域を持ち、それぞれを学年レベルに応じて展開しているのに対して、MIEはナン・グレーディッドを原則としており、どの教材を何学年で取り上げるということではなく、何を教えたい時はどのカリキュラムを使うかを、学年に関係なく利用するという形態がまず日本のカリキュラム観と大きく異なる。

 MIEのカリキュラムは大きく次の11領域に分類されるが、そのメディアは、MIDIファイルによる曲と、CDによる鑑賞曲と、生徒用の印刷された教材と、クイズ形式のアチーブメント・テストとそれを管理するコンピュータ・プログラムから構成されている。

 

 @ DURATION:RHYTHM

 A PITCH:MELODY

 B HARMONY

 C TEXTURE

 D FORM

 E TIMBRE

 F DYNAMICS

 G ARTICULATION

 H CONTEXT & STYLE

 I EXPRESSION

 J KEYBOARD

 

 これら11項目はさらに細かく分類され、例えば@のDURATION:RHYTHMではBeat,Meter,Tempo,Tempo Makings,Duration,Rhythmic Pattern等に分かれて、拍や拍子を始めとする学習のための教材がMIE−1と呼ぶ生徒用のキーボードのパーカッション機能を駆使して展開できるように、MIDI教材が用意されている。

 また、これらのカテゴリーは145項目のモジュールと呼ぶ教材群で構成されており、例えば@のDURATION;RHYTMでは、1、4、5、14、15、16、19、22、31、35、37、38、41、57、62、64、82、84、97、113、114、115、127、137番のモジュールの中から学年や能力に応じて選択出来るようになっている。

 教材を構成するソングも、例えば最初に用いられる「New River Train」と言う曲では@ADを含む教材として計画されており、教材サイドからも、カリキュラムからも授業を計画することができるようになっている。

 使用される音楽も、「20世紀の音楽」「バロック」「ブルース」「ジャズ」「ブロードウェイ」「クラシック」MIEの可能性MIEを使った公立小学校の授業風景Macであれば機種を問わないMIEは教師がどんなコンセプトを持ち、どんな風に生徒に接するかで、その効果が大きく変る。「フォーク」「ゴスペル」「映画音楽」「ポップ」「ルネッサンス」「ロマン派」「世界の音楽」等に分類されており、日本のような「歌唱教材」は見あたらないが、それを追加すれば世界中で通用する曲が大部分である。

 ひとつのモジュールは40分以内で完結するように考案されているが、一時間の中に複数のモジュールを取り入れることも可能である。その意味でMIEは非常にフレキシブルなカリキュラム構造を持っていることが高く評価される。

  ◆MIEはMIDI機器

 MIEのハードウェアは16台のMIE−1と呼ばれるポータ・トーンとMacコンピュータ、CDプレーヤーから成り立っている。このMIE−1キーボードはdsr2000やpsr47等でも代用できるようになっており、予算に応じた構成も可能ではあるが、オーディオ信号の処理等ではMIE−1にしか無い機能があり、基本的なコンセプトはMIE−1により実現する。

 また、コンピュータもマッキントッシュなら機種を問わないが、ハイパーカードを利用している関係上ハードディスク対応の上級機種が望ましい。

 コンピュータはリモート・コントローラ(CDプレーヤー用)で遠隔操作ができるようになっており、そのためのリモコン用のディバイスを接続しなければならない。アップルトークから出力されるMIDI信号はディジーチェンになっており、すべてのMIE−1キーボードに順に接続されている。

 システムを立ち上げると、自動的にすべてのキーボードをチェックする。この時、ボイスメッセージがチェックされているMIE−1キーボードの番号を読み上げる。そして、すべてのキーボードがイニシャライズされるのは極めて親切な設計と言える。楽器のチェックに時間を取られることが無いのである。

 MIE−1は基本的にはポータ・トーンであるから、99音色が内蔵されているが、MIEとして使用するときは、14音色だけが生徒の側から選択できる。教師側からのMIDI信号に対しては99音色すべてが対応している。

 この思想はヤマハのSE5000でも生きており、内蔵音色の一部だけが直接音色ボタンで選択できるようになっているが、外部や内蔵MIDI信号に対してはすべての音色が利用可能になっている。

 生徒の演奏はMIDI信号でMacにそれぞれのチャンネルで送り込まれるが、その演奏データを記録保存はできない。一方、生徒側のMIE−1には教師からの演奏データがそれぞれの楽器のバッファに保存される。生徒はそれに合わせて個別に練習ができる。

 また、CDによるオーディオ信号は直接外部のオーディオ装置や個々のMIE−1の外部スピーカーを通して聴くことができるが、ヘッドホンを利用することもできるようになっている。これは多分レーザー・ディスクのようなものも利用が可能であろう。

 エクスプレッション・ペダルは用意されていない。従ってダイナミックスの指導はフロントパネル上の音量つまみを使用するものと推察される。アンサンブル・オルガンの場合、個々の生徒にフット・ボリュームが付けられていることと比較して、音楽的表現やアンサンブルに対する配慮がハードの上でも無いことがわかる。

 また、MIE−1には専用のスタンドの思想がない。普通の学習机の上に置かれるため、低学年の子供の場合キーボードの高さが異常に高くなり、人間工学的な配慮がなされていないことが判る。

 ヘッドホンも頑丈な作りで、2人掛けのためMIE−1の全面両端に接続されており、スピーカーを使用しないときに用いられる。

 MIE−1の最も大きな特徴は、キーボード・スプリット・ディバイダーと呼ぶオクターブ幅のカバーを鍵盤中央にセットすると、自動的に上下の2オクターブが独立した楽器になるということである。

 MIDIチャンネルは16chで限界である。30名の生徒のためには本来30以上のチャンネルが必要になるが、一つのチャンネルをスプリット・モードにすることにより低音部と高音部をそれぞれ2オクターブのキーボードとして使用することができ、30(31)名までに対応しているのである。このことが、逆に個別の演奏保存や記録を妨げているのであるが、人数を確保することで妥協したようである。

 ドイツなどで使用しているキーボードはMIDIを利用していないので、人数に制限がないが、MIEではコンピュータで管理するためには実用的な妥協を迫られたのである。

  ◆MIEはCMI

 MIEはMLのような使い方もできるが、それが目的ではない。そのボイスメッセージの機能をみるとCAIのようでもあるが、それをも目的としていない。

 敢えて定義するなら、MIEはCMI(Computer Managed Instruction)である。教師の耳の数は2つでこれは未来永劫変わらない。にもかかわらず、子どもの数だけの音を聴かなければならない。聖徳太子でも無理な話である。MIEではどの子どもがどの音を(キーを)押しているかをMacの画面上で同時に30人分モニターできる。しかも、それを記録することもできる。勿論前にも述べたように演奏データではなく、どの音を弾いたかと言う記録ではあるMIEを使った公立小学校の授業風景Macであれば機種を問わないMIEは教師がどんなコンセプトを持ち、どんな風に生徒に接するかで、その効果が大きく変る。が、従来のMLではタイムシェアリングでしかできなかったことが、コンピュータのおかげで同時にチェックできるようになったのである。このコンピュータによる指導の管理はCMIの特徴である。

 CMIはコンピュータによる教育(指導)管理のシステムであるが、個々の生徒の管理を主たる目的としている。その意味でMIDIチャンネルやオーディオチャンネルによる個々の生徒とのコミュニケーション(MLのようなマン・ツー・マンの会話は想定していない)を、一斉授業の中で個別的に管理ができるという特徴は大変優れた思想であると言える。

 MIEのソフトウェアはMacのハイパーカードによって構成されている。ホームカードには、これからしようとする作業のメニューが示され、画面上のアイコンで選択されたカードへ進む。文字ではなくグラフィックスで示される画面は、すべてアイコンによって操作するので教師のコンピュータ操作の技術は殆ど説明も練習も不要である。このことも大変重要な要素で、コンピュータに対する専門的知識は限りなく深く、それをマスターしない限りコンピュータが使えないなら、道具としてのコンピュータは大変不便なものと言える。その意味で、ハイパーカードの採用は大正解である。 また、ハイパーカードは少し馴れてくると自分でカードを追加したり拡張したりできるので、パッケージ・ソフトに有りがちな閉鎖性はない。そのため、優秀な教師は自作の教材を組み込むことも可能である。また、ハイパーカードによるソフトはバージョン・アップが簡単なためシステム・アップが随時行えるという機動性がある。

 従って、MIEは教師のためのソフトであると言っても過言ではない。演奏能力の乏しい教師には、モデル演奏がMIDIソースが支援し、閻魔帳とよばれる指導手帳に代わって授業を中断することなく記録をコンピュータがやってくれる。あれこれと選曲をしなくてもコンピュータでそれができる。しかも、どのクラスでどの教材をどう使ったかはドキュメントとして記録され、授業記録や分析の役に立つ。

 生徒の記録をスタック化すれば、プリントアウトすることも可能になる。ハイパーカードには、それを扱う人のコンピュータに対する知識技術のレベルに応じて5段階のモードを設定することができ、未熟な操作や誤操作によるソフトの破壊を防ぐためレベルを3に設定してあるのも便利である。

  ◆アンサンブルオルガンにも影響する

 MIEは表現領域やドリルの学習だけでなく、鑑賞領域の機器としても有効である。音楽教育は「表現」と「鑑賞」の有機的な展開で成り立つが、ともすればキーボードを使った場合、その楽器としての演奏機能に目が向いてしまう。MIEにはMIDIチャンネル以外にオーディオ・チャンネルがステレオで併設されており、個別鑑賞機器として大変有効に使える。生徒は座席の位置や方向、距離に関係なく外部の雑音から遮断された環境でヘッドホンを通して最高の音楽鑑賞を個別にできるのである。勿論個別と言っても一斉に鑑賞する「有線放送」方式なので、完全な個別システムではないが、MIE−1キーボードがすべての学習の中心として機能するわけだから、全音楽教育の内容にMIEは有効である。このシステムはアンサンブル・オルガンの外部入力端子を利用すればアンサンブル・オルガンでも可能であるが、ステレオ対応していないため臨場感に欠けることになろう。アンサンブル・オルガンをMIDI対応とすると共に、その音環境をステレオとすればMIE−1ではなくアンサンブル・オルガンによるMIEシステムが構築でき、音楽室のアンサンブル・オルガンの有効利用につながると共に、優れた教育機器として位置づけられることになろう。

  ◆教師で変わるMIE

 基本的に授業というものは、教師と生徒の会話や触れあいで成立する。叉、教材という概念は教育内容を含む素材のことではあるが、@事例A情報B媒介C媒体という四つの機能を持っており、MIEでは@事例として、教師の示す音や音楽を個々の楽器に対してMIDI信号やオーディオ信号で送ることができる。これは教室の前で教師が歌ったり、弾いたりするよりは個別的であり身近に感じる。また、MIEは印刷された楽曲教材が生徒用に用意されており、これも事例として有効である。A情報として、MIEは学習内容の構造を持っているため極めて効率よく情報が提供されるシステムになっている。ひとつの曲を色々な角度から取り上げられるのもこの機能である。 B媒介として、視覚や聴覚や運動が用いられるが、MIEはそのどれにも効率よく対応していMIEを使った公立小学校の授業風景Macであれば機種を問わないMIEは教師がどんなコンセプトを持ち、どんな風に生徒に接するかで、その効果が大きく変る。る。しかし、グループ活動という機能は無い。C媒体としてMIDIによる音源やヘッドホンや、キーボード、CD等を持っており個別化に対応したシステムと言える。

 このように、MIEは教材の機能を満たしているが、学習心理や認知心理の裏付けが科学的でなく、経験的過ぎる。従って、その裏付けのない教師にかかればただのMLとしてしか機能しない。MLはトレーニング機器であり、音楽体験を楽しむ機器ではない。そんな授業が楽しいわけがないし、子どもにとっても少しも嬉しくない。

 MIEを有効な教育システムに仕上げるのは、結局のところ教師の姿勢や能力である。パッケージ商品ではありながら、展開の仕方まで含んでいないわけで、個々の教師の技量によっては害にもなるし、120パーセントの効率を得ることも可能なのである。このように考えると機器としてのMIEなのか、教師としてのMIEなのかは自ずと見えてくる。志しある教師がMIEをアンサンブル活動で利用したければ、MIEの機能を停止させて15台のポータ・トーンとして利用する方法がある。MIEはコンピュータの支えがなくても授業で使えるのである。結局のところ子どもが喜ぶかどうかはMIEに起因する問題ではなく、教師の対応である。