平成10年度卒業論文 三宅伸一郎

「エコロジー的視点からの美術教育の可能性」

95613J 三宅伸一郎
指導教官 福本謹一

1.研究の目的
 ここ数年、環境問題に対する関心が以前にも増してどの分野においても高まってきた。公害問題は単に国内の問題にとどまらず地球環境問題として注目を浴びている。美術の分野においても環境芸術やエコロジカル・アートなど、環境をテーマにした作品も多くなってきている。また、学校教育においても増々、子どもたちの環境への意識を高めることが必要になってきている。
 ところが、学校教育における環境に関わる教育の位置づけは生活科のように教科として設置されるものでなく、「総合的な学習の時間」において位置づけられることが考えられている。
 こうした流れを受けて環境意識を高めるうえで造形の果たす役割を考慮した教育課程を構想することは可能かということを基本的な問題意識とした。そこでまず、環境問題や環境教育の流れ、そして環境と美術とのつながりについて、考察する。次に、先行実践を取り上げたあとに、図画工作や美術の中においてエコロジカルな視点からの授業展開を考察し、その可能性について探る。さらには、図工や美術から「環境」や「エコロジー」をキーワードに他教科との関連性について考察し、材料や表現からの視点からその可能性を広げていこうと思う。

2.論文の構成

はじめに
第一章 環境問題と環境に対する意識高揚の必要性
(1)なぜ環境問題が取り上げられるか
(2)環境問題の取り組みとしての環境教育の動き
(3)環境教育の役割と目的
(4)「環境」と「エコロジー」との関係について
第二章 エコロジーならびに環境と美術の結びつきについて
(1)環境芸術について   
(2)環境教育的視点からの美術・造形の考察と実践例
第三章 エコロジー的視点に立った新たな可能性として
(1)エコ・アートをめざす学習活動の視点
(2)エコロジー的視点からの新たな可能性について
(3)情報としてのインターネットの活用について
おわりに

3.研究の概要
 本研究の第一章では、まず環境問題について取り上げ、そのあとに日本での環境に関わる教育の動きについて述べた。環境教育の必要性はあるものの、その位置づけが明確化されなかったために環境について学校教育の中での実践が充分発展を見なかったように思われるが「総合的な学習」のなかで、今後の動きが注目される。さらに、環境教育は学校教育の中だけでなくだけでなく、生涯教育としても行う必要があると考えた。
 また、環境問題を考える際に「環境」と「エコロジー」という言葉が混同される場合があり、まずその違いを明らかにした。「環境」とは、生物や人間をとりまく外界(環界)のうち、主体と生存と行動に関係があると考えられる諸要件や諸条件の全体であって、人間が存在するうえでの最低条件である自然環境のことである。これに対し、「エコロジー」は、環境問題への関心とともに人間と自然環境との関係を問い直す思想(エコロジズム)として形成され、もともと生物学の一分野(生態学や生態的バランス)であったものが社会的、政治的分野にも波及していった。
 第二章では、エコロジーや環境の視点に立つ美術について考え、環境芸術やエコロジー・アートなど芸術家の活動や作品を取り上げその意味について考察してみた。環境芸術として厳格な定義があるわけでないが、その特徴として自然を題材とするばかりでなく、風景への精神的回帰をめざし自然そのもののなかに物理的に存在する点が挙げられている。それに対して、エコロジカル・アートは環境芸術が素材および表現方法の点で自然遊離の傾向が続いたことへの反省から生まれ、環境芸術に内包されるものの、より素材に対して環境に配慮した視点を重視するものと位置づけられている。
こうした概念規定を参照しながら、環境やエコロジーの視点からの美術・造形教育の実践について取り上げてみた。「環境造形教育」として人間とモノとの間にある空間に着目し、子ども達が空間の一部として、自分とモノと空間のかかわりをを学びながら環境にも働きかける実践。また、人間、造形、自然とのエコロジカルな関係を実現するための自然素材だけを用いた「住み家」を建てる実践。さらに、自然の中で五感を生かした造形遊び、土から自分の手で水を含めて粘土を作りその感覚を生かした造形活動や、自然木に対して五感(特に聴覚)を通して親しみ、音のイメージから造形作品に挑む実践などを取り上げた。このような実践が自然環境に対して興味をもつような内容であるか、加えてそれらの実践からの発展性や表現としての活動が図画工作・美術の目標と重ね合わせることができるかについて考察した。
これらをふまえて、エコロジー的視点に立つ教材開発の視点としてつぎの3点を挙げた。
@子ども達が五感を通じ、興味を持って自然環境に親しみ、それを保護する意識につながるような体験的活動を重視。
A自分達の生活や様々な活動が自然環境と直結していることに気づくような学際的な内容の関連を重視。
B体験学習であってもその活動を行うには限界があるため、自分達が興味を持ったことに対する情報収集の必要性。
 こうした観点をもとに、第三章では、エコロジー的視点に立った新たな造形学習の可能性として、体験的な要素に関しては野外活動やネイチャーゲームといった活動を参考にした。また情報収集においては、インターネットの活用も視野に入れて新たな学習活動を構想した。
 そして、学校において図画工作・美術で素材としてよく扱われる、木を取り上げて『木』でイメージしたり、関連事項を扱ったものを関連づけた課題設定をした。まず、木と子ども達との相関関係について図表化した。さらに、図画工作を中心とした環境への取り組みについて、他教科とのつながりやウェッブ上の情報との関連性も含めて、授業展開について提案した。

4.まとめ
 本研究を通じて、環境やエコロジーについてこれから重要視されることもあるが、その役割の重要さについて考えることができた。しかし、まだまだ構想を考えるときにもっと様々な実践について調べる必要があったように思う。インターネットなど新たな可能性についてもっと考える必要があると考えた。

5.主要参考文献
 阿部治編、「環境教育シリーズ1─子どもと環境教育」、東海大学出版社、1993
 朝日新聞社年鑑事典編集部編、「知恵蔵」、朝日新聞社、1999
 国立国際美術館・加須屋明子編、「芸術と環境─エコロジーの視点から」、国立国際美術館、1998