デジタルアートの可能性を求めて

中村祥子


はじめに
IT革命が叫ばれる今日、時代はデジタルの世界をさかんに意識しつつある。最近の多発する少年犯罪の要因など、子どもたちへの心理的影響を危ぶむ声も少なくない。確かに、今日の我々の生活は、テクノロジーを駆使したデジタルな空間にどっぷりはまりこんでいる。パソコンのマルチメディア化やインターネットの普及にともない、映像イメージの氾濫はさらに増大していくだろう。否定的に眺めているばかりでは、いつのまにか社会に取り残されてしまう。このデジタルな状況をいかに利用していくかが、これからを生き抜いていく重要な手段となるのである。
すでに学校教育のなかでもメディアリテラシーの育成を図る動きが出てきているが、インターネットを単なる辞書的に用いている程度に過ぎない。これからの子どもたちに望まれるのは、送られてくるイメージを一方的に受信するのではなく、それがなんのために作られ、なんの意味があるのか、考え、また自らも表現し、発信することができる能力である。そのため、表現主体者して、デジタル表現能力というものを美術教育の視点から考えていくことも必要なのではないだろうか。
こうした問題意識に立って、本研究では、メディア、とりわけコンピュータが介在するメディアの発達史をアートとテクノロジーの関係の中で探り、教育の枠組みにおける情報教育の位置づけと美術教育のか

かわり、そしてインターネット上での映像表現の可能性を考察することにした。

論文の構成

はじめに
第1章 デジタルアートの変遷
第1節 科学技術とアートのかかわり
(a)科学技術の発展とその影響
(b)複製時代の芸術
(c)ダダイズム
(d)フルクサスとネオ・ダダ
(e)サイバネティックスと環境への関心
(f) コンピュータの登場
第2節 コンピュータ・グラフィックスの進化
 (a) CGの進歩
 (b) 機械じかけのペン
 (c) ワークステーション帝国の崩壊
 (d) 幼年期の終り
第3節 デジタル時代のアート
第2章
子どものためのマルチメディア
メディアリテラシーの育成
学校教育とメディアリテラシー
情報教育と創造性
情報教育と美術教育
映像メディアを提供するインターネットの可能性
第3章
映像作品の制作コンセプトと制作のプロセス
問題点と今後の展望
おわりに

研究の概要
・ 第1章では、現代のデジタルアートをひもとく手だてとして、アートとテクノロジーがどのようにして関わってきたかについて歴史的経緯をたどった。
なかでもCGの発展と成果に注目し、デジタルアートが日常生活に溶け込みつつあることについて述べた。また、代表的な現代アーティストとその作品から、最近のデジタルアートの傾向を探った。その結果、インタラクティブ性を高め、アートをひとつのコミュニケーションの場とするものが増えてきていることが明らかになった。
・ 第2章では、子どもの創造性を広げるメディアの在り方とその必要性について、美術教育の視点から考察した。それによると、今子どもたちに望まれているのは、単に情報を受信するだけでなく、メディアで表現されるメッセージの意味を理解し、自己をメディアにより表現する能力(メディアリテラシー)であることがわかった。デジタルな表現活動を行うことは、子どもたちの創造性を広げるのに、非常に有効な手だてとなることがわかった。
・ 第3章では、こうした発信能力の育成につながると思われるデジタル表現の可能性を考察するためにWebデザインの実制作を行った。制作の具体的なプロセスを示しながら、その問題点と今後の展望を考察した。自ら意図的な映像を作成するという体験をすることで、周囲にあふれる他のメッセージとの関わり方も変わっていくような気がした。

おわりに 
目的を持ってデジタルに接すると、それは決して有害で、無鉄砲なものではないことがわかる。人工的であるということは、それぞれに何らかの意図が込められているということである。それがどんなメッセージを持つのか、自分に必要なのか、それに対し自分はどう対応するのか、教育の在り方によって、これからの世代は、それを自然に見いだしていくようになれるだろう。すでにデジタルアートはかなり高いレベルまできている。本研究を通して出会った作品は、どれも驚くべきものであった。デジタルアートはまさにこれからの分野である。さらなるインタラクティブ性の追求はもちろん、人工生命や仮想空間などその可能性は無限に広がっていくであろう。
新しい分野が急成長すると、そこには必ず問題視する見方があらわれてくる。しかしそれを改善していく一番の解決法が、教育なのではないだろうか。デジタル表現についてもっと積極的に考えれば、それらは創造性をふくらませる大きな手だてとなってくれるはずである。本研究を通して、私は周囲に広がるデジタルアートに対する興味がさらに深まった。今後もデジタルアートのさらなる可能性を求めて、研究を続けていきたい。


主要参考文献
・ 岩波講座『マルチメディア情報学』第10巻「自己の表現」2000.
・ 柴田和豊『メディア時代の美術教育』国土社, 1993.
・ 日本教育工学会『教育工学事典』実教出版,2000.
・ 越川彰彦『CGクリエーターになるには』ぺりかん社,1995.
・ 花篤實 他『メディア教育・異文化理解者としての美術教育・映像教材およびガイドラインの開発』2000.