平成10年度卒業論文

みたてについての一考察

糸川有美

1.研究の動機

 私は空の雲を見て、「フランスパンみたいな雲だ」とか、「あの雲、自動車に見える」などと思うときがある。このとき、私は雲の姿形などから、フランスパンとか自動車にみたてをしている。また、子どもの頃には、三角の形をした石を見つけ、それをおむすびとしておままごとに使ったり、積み木で家や机椅子を作ったりした経験があるが、それも石や積み木の姿形、肌触りなどからそのようなみたてをして遊んでいた。このように、あるものを何かに「みたて」て遊んだり、絵を描くことは、美術の学習においても様々な形で実践されているのではと考えた。
 特に絵を描く場合において、「みたて」は子どもの造形的なイメージを発展させ、自己表現につなげる上では重要であると考えられる。そこで、本研究では、子どもたちがどのようなみたてをしていくのかに焦点を当て、学年によるみたての傾向を探ることにした。その際、みたての基本形態が同じでも、それが画用紙(画面)における大きさや位置によってみたてるものが異なることが予想される。そこで、刺激図形の大きさ(占有面積)、画面上の位置、また複数図形の連続・方向の側面から、小学生を対象にした調査を実施することにした。


2.論文の構成
 
はじめに
第1章 みたての意味と性質について
 第1節 みたての意味
 第2節 造形的みたてについての先行研究
  1.みたての発展
  2.みたての発展(造形タイプ)とみたて量
  3.造形的みたての過程
第2章 刺激図形の大きさ・位置・方向による
 みたての相違に関する調査
 第1節 調査の設計
  1.調査の目的
  2.調査の方法
 第2節 調査の結果と考察
おわりに

3.研究の概要

 まず第1章においては、みたての辞書的な意味と性質について確認した後、子どもを対象にしたみたてについての先行研究を、簡単に紹介した。
 第2章では、小学校低・中・高(順に1・3・5)学年を対象に、画用紙に対する刺激図形の大きさ(占有面積)、位置、及び複数図形の連続・方向の違いで、みたてるイメージがどう変化するのかについての調査を実施し、その結果から考察を試みた。
 まず、刺激図形の大きさによる変化については、画面中央に大・中・小円(順に質問1・2・3)を配置した調査用紙を作成し、その図形に自由に書き加えたものを分析、集計した。結果として、低学年を見ると、円の大きさに関係なく同じみたてをしている児童が多くいたが、中・高学年になってくると、大きさの違いによってみたてるものが異なっていた。しかし、低学年で同じみたてをしていても、円が大きければキャラクターの顔だけにみたてていたり、小さければ顔だけでなく体も描き加えてみたてをしていたりしていた。従って、低学年が図形の大きさを全く考えずみたてをしているとは考え難い。 
 刺激図形の位置については、質問紙画面中央の上・中・下(順に質問4・1・5)に同じ大きさの円を配置し、調査した。結果、低学年は、円の位置が異なっているにも関らず、各質問に同じみたてがいくつもあり、円の位置に関係なくみたてる傾向があると考えられるが、食物にみたてていた児童は、枠線の下のラインの方を基底面とみなし、個々のバナナやリンゴに安定感を与え、みたてを行っていた。このことから、みたてるものによって円の位置を考えるものもあることが考えられた。高学年になってくると、みたてるものに関係なく、画面上の位置を考えるようになっていた。
 複数図形の連続・方向の違いは、同じ大きさの3つの円を連ねたものを画面中央に縦・横・右斜め上・左斜め上(順に質問6・7・8・9)に配置し調査した。この観点については、学年に関係なく、3つの円を使って1つの統一体にみたてをしている児童が多く存在していた。つまり、1つの円を個別的にとらえるのではなく、統合して1つのものにみたてる傾向が見られた。しかし、質問9においての方向については、学年に関係なく、3つの円を個々にみたてる傾向が支配的であった。このことから、基本的には連続性や方向性がみたてを決定する要素と考えることはできないが、質問9の方向性が統合的なみたてを阻害する要因となっている可能性も考えられる。その方向性にそうした阻害要因があるかどうかは今回の調査だけでは判断することができない。

4.研究の反省と今後の課題

 今回の調査によって上記のことが明らかになったが、刺激図形を□や△など他の基本的な図形で行った場合はどうであるのか、また、不定形など、より複雑な形態を用いた場合はどうであるのか、機会があれば継続して調査を行ってみたい。今回は兵庫県内の小学生だけを対象としており、対象人数も少なく極めて範囲の狭い調査に終わっている。今後の課題として、小学生に限らず、多くの人を対象に、その土地の風土との関り合いを考えて調査を行ったりするなど、今回の調査がより深いものになるよう研究を続けていきたい。


<参考文献> 

寺戸史子,『美術教育学11号』,美術教育 学会,1990,「造形遊びにおける『みたて量』の推移と造形傾向」,pp217-225.,寺戸史子・横出正紀,『美術教育学13号』,美術教育学会,1991,『「みたて遊び」における造形の契機と構造』,pp311-321.,寺戸史子・横出正紀,『美術教育学15号』,美術教育学会,1994,「『造形的みたて』における構造と操作過程」,pp369-381. 他