●鑑賞教育実践(自分の思いを表現するための鑑賞活動)

歴史体験学習の思い出を水墨画で表現してみよう
―鑑賞活動を取り入れた水墨画の実践―

福岡県豊津町立豊津中学校 久保田美奈子

1.はじめに

 グローバル化・高度情報化社会が進む中、周囲の国々から日本はどの様に感じとられているのだろうか。
 19世紀後半、「ジャポニズム」という現象が、パリの万国博覧会で日本の浮世絵や、屏風、工芸品、建築などが紹介されたことによって話題となった。現在においても、ニューヨークのメトロポリタン美術館日本ギャラリーでは、日本を代表する屏風絵や水墨画が展示されており、訪れる人々の目を楽しませている。
 その中でも、水墨画は中国から伝わってきた表現方法であるが、現代でも伝わる表現方法のひとつである。今日においては、絵手紙のように文章と組みあわせて表現されるなど、生活の中で身近に取りいれられている。墨と筆と紙さえあれば、いつでもどこでも取り組めるといった手軽さもある。水墨画を身近に感じ、自国の文化を表現できる一助になればと願い、本実践に取り組んでみた。

2.実践の概要
 今回の実践の内容として、歴史体験学習で体験したことを、水墨画の技法を使って表現することに取り組んでみた。歴史の重みを感じさせる奈良・京都を表現するには、水墨画の描法があっていると思われたからである。歴史体験学習とは1泊2日で行われる京都・奈良への研修旅行である。各自テーマを決め、研究し発表するというものである。そこで、美術科では体験してきたことや五感で感じ取ったものを水墨画で表現してもらった。ところが「水墨画は初めて」という生徒がほとんどであった。
まずは、今回の歴史体験学習の思い出を墨を使って表現してもらった。ここでは、水墨画の技法はあえて教えず、自分の思いのままに表現してもらった。
 つぎに、水墨画の基礎(筆づかい・調墨など)を学習し、鑑賞活動を取り入れてみた。鑑賞には、鳥獣人物戯画の作品の中から白描法の技法を発見したり、山水長巻をとおして雪舟の生涯について考えてみたり、数種類の水墨画を鑑賞し、表現スタイルの違いや表現の工夫などを学習していった。そして最初に描いた作品を振り返り、自分の表現したいものは何かについてさらに考え思いを深め、再度水墨画に取り組んだ。

3.題材のねらい
○ 自分の思いを水墨画で表現することの楽しさを味わう。
○ 水墨画を鑑賞し、興味や関心を持つことができ、よさや表現の工夫に気づきそれを自分の作品に生かすことができる。
○ 自分の思いを表現するために、構図や技法を選択することができる。

4.鑑賞活動を取り入れた授業展開

(1)技法を学ぶ
技法の習得
水墨画の基礎である線の引き方から調墨・技法を学習した。

直筆・側筆の練習

直筆・にじみ・ぼかし・濃淡を組み合わせて作品づくり

「鳥獣人物戯画」を鑑賞し、その描法に着目し、輪郭線で描かれていることに気づかせる。この作品は、白描法の代表作であり、漫画の原点であることも知らせたい。

(2)水墨画の歴史や文化、作者の生き様を学ぶ
雪舟の「山水長巻」を鑑賞し、水墨画の歴史や時代・文化、雪舟の生涯について説明する。

 雪舟「山水長巻」1/4縮小レプリカ全体図 実物は全長16メートルにもおよぶ。この長巻には、春夏秋冬の四季の流れの山水図が描かれている。雪舟はこの絵巻で四季を描くことで、人の一生を表現しようとしたとも伝えられている。
山水長巻の実物大の表示
 荒々しいタッチや濃淡、破墨などの技法が取り入れられている。

(3)特色のある作品を紹介し、ワークシートを活用して、その作品のよさや工夫について記録し、自分の作品に取り入れる

 水墨画が中国から伝わった室町時代から今日までの間に、数々の名作がある。その中でも特徴の際だつ作品を選び、鑑賞活動をおこなう。ワークシートには、予め鑑賞の項目をあげて、生徒が考えたこと、感じたこと自分の作品に生かしたいことを考え記入する。そして「濃淡」「線の強弱(タッチ)」「構図」に重点をおいて解説を行った。

《鑑賞活動後の生徒の声》
墨の濃淡で「色」が表現できるとは、思っていなかった。そのことに気づいてから構想がまったく変わってしまった。またいろいろな技法を学習したので、表現の幅が広がり、頭の中で思い描いていたものが表現できるようになったので、内容も複雑なものへ変わった。

ワークシートと鑑賞のポイント

5.鑑賞活動を取り入れた生徒の作品の変化

最初に描いた作品

鑑賞活動を取り入れたあとに最初の作品を振り返って

色の濃淡がはっきりせず、水墨画ではないような気がするし、絵の構成も単純だから。黒と白と比べていると、白の方が多くてなんだか悲しいような気がするから。

次の作品では、どんなことを表現したいか

京都らしい店並みの中にある静かでゆったりとした感じと、なにかいやされてしまうものを表現したいです。


それを表現するには、どのような工夫をしたいか

店並みははっきりとした濃い色で描いて、周りの風景は少しぼやかして優しい感じを出してみたい。

本制作に入るまえに、アイデアスケッチで表現してみる。

水墨画を鑑賞し、技法を学習したあとでは、表現の幅が増えたので、
描こうとする対象に変化がみられた。

完成作品

アイデアスケッチの段階で構図に着目しており、一点透視法を用いることで奥行きを表現している。
また、表現方法では、墨の濃淡の幅が広がり、石畳、窓にかかるすだれや樹木にかすれを用いるなど、モチーフにあった技法を選び、しっとりとした雨の京都の街並みを、情緒豊かに表現している。


6.おわりに
 美術科の目標に「表現及び鑑賞の幅広い活動を通して、美術の創造活動の喜びを味わい、美術を愛好する心情を育てるとともに、感性を豊かにし、美術の基礎的能力を伸ばし、豊かな情操を養う」とされている。「美術を愛好する」にあたっては、学校教育の数年間の美術の授業にとどまるのではなく、生涯をとおして美術という表現手段を使って、自分の思いや考えを表現できれば・・・という願いもって授業づくりを行ってきた。自己実現がなかなか容易でない今日の状況のなかで、こどもたちが夢や希望を見失わず、人生を送っていくことができれば・・・と願っている。

授業後に、生徒全員分を廊下に展示

振り返りシート 水墨画を描こう
テーマ:「歴史体験学習の思い出」を水墨画で表現しよう


1.最初に描いた作品を振り返ってみよう。
@ 最初に描いた作品について、今の感じていることは・・・(該当するものに○印を)

 非常に満足  ・  満足 ・  少し不満  ・  不満

A どのようなところがそう思いますか。その理由を書いてください。



ワークシート 水墨画を描こう

 年 組  番 名前          
@本制作のテーマは何ですか。


A 本制作では、何を表現しようと思いますか。表現したい内容(あなたの思い)を文章で書きなさい。


B あなたの思いが表現できるようにするために、水墨画でどんな工夫をしますか。


C さあ、いよいよ本制作です。その前に、エスキース(本制作をイメージした下描)をしてみよう。できあがりをイメージして、おおまかな構図などを考えてみよう。そのあと、半紙にエスキースをし、筆のタッチなど技法を練習して本制作に取り組もう。