第3学年 光の変化がつくり出す私の「ラス・メニーナス」
松山市立湯築小学校 木村早苗 

1 はじめに
 一枚の芸術作品は私たちに様々な世界をみせてくれる。私たちは自らの記憶を呼び覚ましながら絵を鑑賞する。それはこれまでの自分の体験であったり、これまでに絵を鑑賞した経験であったり、その作品が描かれた時代背景であったりする。また、その絵の作者の人生観や芸術観から類推されるものであったりする。しかし、真に人の心を揺さぶるものはもっと原初的な体験に根ざしているのではないだろうか。
 私たちは絵を見たとき、言葉では説明できない感情をもつ。それは、色彩から醸し出される芳醇な時間であったり、一点に焦点化される光のメッセージの強さや包囲光による形の変化であったりする。また、人物の微妙なまなざしの絡み合いが生み出すドラマ。それらの言葉で説明できない感覚は、私たちの遺伝子に組み込まれた記憶や、私たちの日常の様々なものやことが生み出す豊かな体験におうところが非常に大きいと思われる。絵を見る行為は、自らの経験を総動員しながら対象に働きかけ、新たな意味や価値を自らの記憶のネットワークとして組み替えていく行為に他ならない。

2 ラス・メニーナスについて
 ベラスケスの「ラス・メニーナス」は様々な解釈を可能にする作品である。すべての人物が存在し、それぞれの立場とそれぞれの関係が正確に表現されている絵画でありながら、そのすべてを理解することはできない。幻想と現実が入り交じり、視線や行為がそれぞれの人物の関係を複雑にする。そのような曖昧さによって、作品から受け取る意味と私たちがつくり出す意味や解釈が絡み合いながら、私たちの「ラス・メニーナス」が豊かにつくり出されていく。

3 光の変化がつくりだす私の「ラスメニーナス」
 「ラス・メニーナス」を鑑賞の対象として実践するにあたっては、光に注目しながら、子どもたちに個々の「ラス・メニーナス」をつくり出してほしいと考えた。窓から差し込む光、夕焼けのオレンジの光、真夏のぎらぎらとした太陽の光、冬の凍りつくような光、夜道を照らしてくれる一筋の光など、子どもたちの経験の中に光は様々に存在する。その時々の感情が光を単に物理的なものとしてではなく、光そのものが感情を持つものとして認識されている。
 本題材では、「ラス・メニーナス」に光をあてることによって、これまでとはちがう「ラス・メニーナス」を体験させたい。いくつもの「ラス・メニーナス」を体験することで、「観るたびに違う」ラス・メニーナスを感じ、しかし、同じ「ラス・メニーナス」として認識する体験をしてほしいと考えた。そのことによって、子どもたちは、より柔軟な記憶のネットワークをつくり出していくと考えたからである。
 また、光の表現に先立ち、画面上の人物の動きをつくり出す経験を実践の中に取り入れた。それは、それぞれの人物に注目させる際に、子どもたちが頭で思考するのではなく、人物を見つめ、人物に注目させることでその人物に共感し、それが動きにつながっていくと考えたからである。また、その動きをつくり出す際に、「ラス・メニーナス」の重要な要素である、人々の視線に注目する児童が表れるであろうことも想定された。

4 実践の概要
(1) 人物の動きをつくり出す
 活動の前に、子どもたちに人物の名前とその関係については知らせておく。絵の中の人物を切り抜いたものを、動かし後でそれをメモする。一人で行う子どももいれば、友達と相談しながら動かす子どももいた。
最初に動き出す人物として一番多かったのは、予想されたとおり、マルガリータと後方のドアから出て行こうとするホセ・ニエトであった。最初に動き始める人物によって、以下のように動きの傾向がみられた。
 

マルガリータが一番最初に動き始めたと考えた子どもは、「ゆっくり立ち上がって前に来る」「にこっと笑う」「あくびをして・・」「ほほえむ」などのように、人物の心情に注意をはらう傾向が見られた。また、人物の視線に注目しその視線にあわせて動く方向がほぼ決まることも一つの傾向としてみられた。また、マルガリータは最後まで動かず、ほかの登場人物がマルガリータを中心に動くと考える子どももいた。マルガリータが主人公という意識がとても強いと思われる。
 ホセ・ニエトが一番に動き出すと考えた子どもは、画面に物語をつくり出そうとする傾向が見られた。ホセ・ニエトがドアから出て行ったのを、マルガリータが追いかけると考えた子どもも数名いた。前方から後方への動きであるため、人物の動きが大きく早くなる傾向にある。
 予想していなかったことだが、犬が一番はじめに動くと考えた子どもも多くいた。一番はじめに動くのではなくても、人物の動きが犬を中心に語られる子どもも数名おり、動物に興味のある3年生という年代の特徴であると思われた。
 また、一枚の絵を見ながら動きを考えるときと、実際に動かすことによって人物の動きを考えたときの違いを自分で実験しているこどももいた。

(2) 「ラス・メニーナス」をつくり出す。
 ここでは、子どもたちと「ラス・メニーナス」の絵の中の光について話し合った。光がどこから差しているのか、その光がなければ作品はどう変わるだろうか。そんな話し合いを進める中で、ホセ・ニエトのいるドアの光を消してみたり、懐中電灯で画面に光を当ててみたりした。子どもたちは、光の変化が絵の印象を大きく変えることを実感した。そこで、光に注目しながら自分だけの「ラス・メニーナス」をつくろうと提案した。
 以下に子どもたちの活動を子どもの記述とともに紹介する。
〈暖かい光が差してきたよ〉
 赤い光をあてたら春、黄色は夏でオレンジは秋という風なイメージで作った。赤がピンクになったのでますます春になりました。光が窓から差して、暖かくなった様子にしました。マルガリータとの再会の場所をお花畑にして、黄色い光の中で喜んでいる感じにしました。

〈お客さんがきたので大忙し〉
 お客さんがきたので大忙し。クッキーを持って動き回っているマリア。お客さんはベラスケス。木はこの間咲いたばかり。前の女の子に幻ライトが当たるとまるで鳥の声が聞こえそう。疲れるとマルガリータは銀の木に寄り添います。

〈夜の海〉
青い光を当てると、昔はお城だったこの宮殿はやがてさびれて、魚もいなくて寂しい海の底になります。
ふつうの光だけで遠いところから照らすと光が透き通ります。
白い光を当てると、女の子たちが海に走っていって笑いながら貝殻を拾ったり、水遊びをしたりしている様子が想像できました。
波のような光、透き通った太陽のような光をつけると、電気の灯った家になります。
カラーセロハンを懐中電灯の周りにつけて、光を違う色にすると、たくさんの光が集まってきます。
〈赤い光に照らされて〉
照らされる人が変わると主役が変わる。
赤い光に照らされると、マルガリータが火の中にはいって人を助けているように思える。

〈小さな教会〉
外の世界の時間が変わる。
夕日の風景の時、外から光を当てると、部屋の中が春みたいになりました。夜の場面で後ろから光を当てると部屋が冬みたいに寒くなりました。
〈姫、暴走〉
 発泡スチロールを切り抜いて絵を囲み、お姫様を切り取って、そのむこうに絵を張りました。二つの世界になりました。姫が絵から飛び出して、色々な世界を冒険している様子をつくりました。ホセ・ニエトも絵を飛び出して姫を探しに行きます。

5 おわりに
 3年生の子どもたちは、「ラス・メニーナス」に自在に光を当てながら、物語の世界をつくり出していた。
活動の最後に、それぞれの児童の作品をスライドショーで鑑賞した。自分たちのラス・メニーナスが様々に変化し音楽に合わせて流れていくことで、自分自身の意味や価値を持った「ラス・メニーナス」を自分の中につくり出していたように思う。
 この時期の子どもたちにとっての鑑賞は、作品から語られるメッセージを受け取る活動にはなりにくい。子どもたちはラス・メニーナスの持つ深い意味合いを感じるには至らなかった。しかし、マルガリータ姫のかわいらしさ、ゆったりと寝ている犬、画面全体から醸し出される物語の世界。そのような要素は十分に興味を引くものであったように思われる。一つの作品がみるたびに違うものでありながら、しかし同じラス・メニーナスとして今回の活動は子どもたちの記憶の中にネットワークされていったことであろう。

子どもたちの感想

 子どもたちの作品を音楽とともにスライドショーで流し、全員で鑑賞しました。その後の子どもたちの感想です。

「ホセ・ニエトの後ろには夕日がある。そのドアを開けた瞬間に夕日の世界へと落ち着く。まるで地平線が目の前にあるように。
 蒼い光の時はまるで空の世界にきたようだ。赤い光は太陽が目の前にきたようにも思う。
 マルガリータの顔に光が当たったとき、マルガリータは一体何を考えているのかなと思いました。でも、いろいろな光が当たることによって、マルガリータの考えていることがわかるような気がしました。
 一枚の絵に、たくさんの光の変化を映像と音楽で流したことによって、全体が一つの物語のように感じました。」

「マルガリータの目の表情が映像と音楽によって変わっていくように見えました。映像が変わるたびにマルガリータの思い出が流れているんだと思いました。」

「ライトの色が違うたびに、話がかわっていくように見えました。海の場面では、自分まで海の中にいるような感じですごく楽しくなってきます。
 音楽と光を一人一人の顔にあわせるたびに、また新しい顔が出てきます。」

「光は緑色だと、窓から暖かい光が出てきているようです。青色の光の時には、少し寂しくて寂しい感じがしました。光の当て方でも違いました。一人だけに当ててみると、その人が主人公になった気がしました。」

「あの絵はもともと暗い絵なのに、一つ一つの人物をくりぬいて白や黄色などの明るい色の台紙に張っていくと明るい絵のように感じられました。
 マルガリータとマリアの二人にいろいろな光を照らしていました。赤いライトの時にはすごくあせっているような感じがしてきました。たった二人しかライトを浴びていないのに、ものすごい力のライトが照らしていました。
 蒼いライトの時には、すごくゆったりとした感じを表しているようでした。少しのライトでも、赤と青では全然一緒じゃないんだなと思いました。
 緑のライトをみたときには、すごくやさしい感じがしました。
 最後にみたのは、太陽の光のような色のライトでした。上から照らしてきた白いライトと、暗い絵にすごく深いものを感じました。
 マルガリータとマリアの会話が、光によってまるで違う内容になっているような気がしました。
 音楽も、曲が変わると絵の内容が全然違うんだなと思いました。」

「私はびっくりしました。これは本当にラス・メニーナスの絵なのか信じられませんでした。最初にびっくりしたのは絵が全部青色になっていたときです。時が止まったように見えました。次にびっくりしたのは、赤い光に当たっているときです。マルガリータに向けて、光が一直線に進んでいきます。なにか怖いことがおこったのか、悪いことがおこったのかそういう感じがしました。マルガリータの心の中で思っていることがどんどん変わっているように私には思えました。三つ目にびっくりしたのはただ2つのビー玉をつけて、ふつうのライトを当てただけの絵なのに、すごく寂しく、悲しく感じたのです。それがなぜなのか私にはわかりませんでした。」

「どんな光の時にもマルガリータはいつも正面を向いていなくて不思議でした。私にはマルガリータは自分にしか見えないものをみているように思えました。」

「たとえば、黄色の光が当たった時、なぜか人物にだけ当たってるようにみえ、周りが暗闇に見え、寂しそうな絵に見えるのです。
 その他にも、緑のライトが当たると、一部だけがひかり、暗闇の世界に希望が満ちあふれている絵に見えたりするのです。
 しかも、私の目に入ったのは。それだけではないのです。
 光によってラス・メニーナスの世界の扉を開けると、世界が何個もあり、奥へ奥へと世界が広がっているのです。この世界は無限になりつつ、物語へとつながっていく、素敵で不思議な物語が未来へと進んでいくのです。」


参考文献  佐々木正人 「レイアウトの法則」 春秋社
      小林康夫  「表象の光学」    未来社