ラス・メニーナス 鑑賞プロジェクト
大阪府 池田市立北豊島中学校 石井理之
はじめに
今回1年生を中心として、ラス・メニーナスを題材として鑑賞学習に取り組んだ。本校美術科においては、系統的に鑑賞をカリキュラムのなかに位置づけているが、時間設定としては、年間で1年生2時間、2年生4時間、3年生6時間であり、全体の年間授業時間に占める割合は表現内容と比較して少ない。
現在までの鑑賞学習の形態は、作品の意味や作者の心情の読みとり、美術史に依拠した知識伝達を中心とした学習であり、鑑賞者の興味や関心を重視し協同学習に価値を置くものではなかった。
また授業内容は、常に定期考査の出題を意識したものであり、出題は生徒の知識理解を問う問題が中心であった。このような形態の学習では、生徒にとって美術作品が興味や関心の対象にならず、単に「覚えなければならないもの」「理解しなければならないもの」でしかなかった。このような学習は、生徒とインタラクティブな授業を構築することができず、生徒にとっては受動的な一方通行の知識伝達の授業でしかなかった。
以上の課題を克服し、生徒の興味や関心に応えることを目標とした鑑賞授業をラス・メニーナスという興味深い作品を題材として実施した。
美術科学習指導案
授業者 石井 理之
1. 日時 平成17年(2005年)11月15日(火)第5限
2. 場所 美術第1教室
3. 対象 1年1組(男子20名、女子17名 計37名)
4. 題材 美術鑑賞 ラス・メニーナス (宮廷の侍女たち)
5. 教材観
美術科の目標として、“表現及び鑑賞の幅広い活動を通して”というように、鑑賞についても表現と同じように重要視されている。指導要領における鑑賞についての記述は、以下のとおりである。
鑑賞の授業のねらいは、自然、美術作品や文化遺産などに親しみ、鑑賞の基礎的な能力や態度を育てることにある。つまり次の3点である。
@ 芸術のよさや美しさ、創造的な知恵などを豊かに感受できる感性
A 美やよりよい精神を求めて生きる人間の生き方や創造力への共感
B 地域、民族、国などの文化の理解及び芸術文化の継承と創造
第1学年の鑑賞では、自然や美術作品などに関心を持たせるとともに、それらと素直に向き合い、感性や創造力を働かせて作品のよさや美しさを楽しみ味わいながら、芸術特有の表現の素晴らしさを感じ取らせたり、作品鑑賞の在り方や方法を理解させたりすることが大切である。
しかし中学校1年生の美術授業においては、鑑賞学習は表現学習の陰に隠れて充分な時間・内容をもって取り組んできたとは言い難い。週あたり1.3時間しかなく、そのなかでの取り組みではあるが、鑑賞学習の位置づけを確かなものとしたい。従来鑑賞学習は作品の意味や作者の心情の読みとり、美術史に依拠した知識伝達を中心とした学習であり、それらは生徒にとって鑑賞学習の意味を見出し難いものであった。そこで学習者の視点に立ち、生徒のこだわりや独自の観点を生かした鑑賞教育が求められているのである。
多くの生徒にとって、鑑賞という行為、芸術作品を主体的に見ることは今回が初めてのことである。本教材では、芸術作品をただ漠然と見ることと、独自の観点を生かして主体的に見ることの違いを知り、そのなかで、芸術作品について考えさせたい。さらにその行為をグループで行うことにより、他者の観点・こだわりを知り、それらを共有することで、生徒の思考の幅・奥行きを広げさせたい。そのために、鑑賞者の興味や関心を重視し協同学習に価値を置くVisual thinking strategy (視覚的思考鑑賞方略)を用いた鑑賞学習を実施する。
今回鑑賞の対象にしたラス・メニーナス (Las Meninas) は、スペインの画家ディエゴ・ベラスケス (Diego Rodr_guez de Silvay Vel_zquez 1599-1660年) が1656年に描いた作品である。この作品は、今日プラド美術館の至宝とされる名作であり、複数の人間を描いた群像作品である。作品のすばらしさと同時に、鑑賞者に興味や関心を抱かせる光と闇の交錯、マルガリータを核として左右、前後に配列された人物たち、鏡の反射、開かれた扉等さまざまな「しかけ」がほどこされており、中学1年生の生徒にとって興味の対象になる要素が数多くある。また第2時の授業においては、生徒の美術作品との出会いをより深いものとするために国立国際美術館研究員の藤吉祐子氏をゲストティーチャーに迎える。
6. 生徒観
中学1年生という年齢の生徒は、個々の発達の度合いが、精神、肉体ともに大きな差があり、ひとくくりにすることが難しく、興味の対象もさまざまである。しかし全般的に共通することは、新しいことに対し興味を示し、積極的に取り組もうとする傾向が強く見られることである。
1年1組の生徒は、学習に対して前向きな姿勢で臨み、意欲的に取り組む生徒が多い。多くの生徒は、美術の授業に対しても積極的で、協力しあい楽しんで取り組んでいる。しかし、生徒には技術的な側面から、美術が得意、不得意という意識が強くあるために、個々の生徒の美術に対する意識も大きく異なる。なかには絵を描くこと、ものをつくることに苦手意識を持ち、なかなか制作に取りかかることのできない生徒がいる。
まだまだ不十分であるが、中学校に入学以来、多様な立場の生徒の、美術に対する興味・関心をひくように、日常の授業でも工夫をこらしアプローチをしている。その一環として今回の鑑賞学習を設定した。
7. 指導計画
第1時 ラス・メニーナスの複製画を鑑賞する 情報は極力少なくする
ワークシート1に記入する 個人
ワークシート1をもとにして班(8班)で討論する
討論結果をワークシート2に記入する
第2時 ワークシート2をもとにして班全員で発表する
他班の発表内容をワークシート3に記入する
ゲストティーチャーが生徒の発表について助言をする
まとめ
第3時 評価カードに記入し、学習を振り返る
教師がラス・メニーナスについての解説をする
自分がラス・メニーナスを人に見せるときにどうするか考える
8. 本時の目標
・ 各自の興味・関心を中心にしてラス・メニーナスを意識的に鑑賞することができるようになる。
・ 班で協力し、相互の観察、論証、批判的思考を高め、作品のもつよさや美しさなどを豊かに感受することができる。
・ ラス・メニーナスを鑑賞することを契機として、他の美術作品にも興味を持つことができるようになる。
9. 本時の学習過程
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生徒の学習活動
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教師のはたらきかけ
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評価
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前時に記入したワークシート1、2をもとにして振りかえる |
よりよい鑑賞ができるために環境を整える
ゲストティーチャーの紹介
前時の学習内容を思い出させ、本時の活動につながるようにする
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ワークシート2をもとにして班全員で発表する
他班の発表の記録をワークシート3に記入する
壁面のラス・メニーナスの複製画を鑑賞し、コメントを聞く
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各班が円滑に発表できるようにする
各班の発表終了後、壁面にラス・メニーナスの複製画を展示する
ゲストティーチャーとともにコメントを出し、生徒の発表を有意義なものにする
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自分決めたテーマ・内容を、班で協力してわかりやすく発表することができたか
作品の内容にあった発表であったか
関心を持って鑑賞し、自分なりの意見を持つことができたか
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生徒の質問、意見をふまえてまとめる、発表に対する評価を加える
次時の予告
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10. 評価
美術科における評価の観点項目は、関心・意欲、発想や構想、創造的技能、鑑賞の能力の4項目である。
本単元では、上記4項目のうち関心・意欲、鑑賞の能力の2項目について評価する。なお評価対象は、生徒による評価カードの記述と、授業中の活動の様子である。
11. 資料
作品: ラス・メニーナス(宮廷の侍女たち)
Las Meninas
マドリード、プラド美術館
作者: ディエゴ・ベラスケス
Diego Rodr堵uez de Silvay Velzquez
1599-1660年
制作年: 1656年
技法: カンヴァスに油彩
サイズ: 318_276cm

資料
美術鑑賞ワークシート1 個人で考えて記入
班 年 組 番 名前
●この絵を見て気がついたこと、見つけたこと、感じたことを自由に書いてください
●この絵のなかで自分が一番気になること、または部分を書いてください
●それはなぜか考えてください
●この絵の主人公を決めてください
●なぜそう思ったのか、かんたんに説明してください
美術鑑賞ワークシート2 グループで討論して記入
班記録用紙
1年 組 メンバー 、 、 、 、
●はじめに、討論の役割分担をしてください
まとめ役……
記録係 ……
●この絵のなかで一番気になること、部分を、理由とともに出し合ってください
・ 名前
・ 名前
・ 名前
●班で相談してこの絵のタイトルをつけてください
多数決ではなく話し合いで、決めてください
タイトル候補
決まったタイトル
●そのタイトルに決めた理由を描いてください
少数意見や、討論のなかで出てきた意見も書いてください
討論の過程を書いてください
●発表の準備をしてください 発表時間2分
発表の役割分担 全員が何かの役をしてください
司会者
タイトル発表係
意見発表係 複数でも可
他に必要な係
美術鑑賞ワークシート3 個人で記入
班 1年 組 番 名前
班の発表 タイトル
●美術鑑賞 ラス・メニーナス(宮廷の侍女たち)
絵に描かれている人物のなかから自分で主人公を決めて、自由に「ものがたり」を作ってください。
主人公
1年 組 番 名前
「ものがたり」
ラス・メニーナス 鑑賞ノート
作品: ラス・メニーナス
(宮廷の侍女たち)
スペイン、マドリード、
プラド美術館
作者: ディエゴ・ベラスケス
1599-1660年
制作年: 1656年
技法: カンヴァスに油彩
サイズ: 318_276cm
時代:バロック
特徴 大航海時代は、ヨーロッパに世界の富を集め、スペインやフランスには絶対王政を、オランダには市民社会を成立させました。このような社会を背景に、バロックの芸術が展開されました。強い色彩や明暗の対比、曲線や激しい動きによる表現が特徴です。
作者ベラスケスは、バロックを代表する画家で、ラス・メニーナスとエル・グレコ作「オルガス伯爵の埋葬」、レンブラント作「夜警」は世界三大名画と言われています。(他の作品が世界三大名画と言われることもあります)バロック=ゆがんだ真珠
絵に描かれている人物
・ 画家 ベラスケス
・ 鏡に写った人物 国王フェリペ四世夫妻
・ 王女マルガリータ
・ 女官(メニーナ)二人
・ 矮人二人
・ 尼僧服姿の人物
・ 男性(尼僧服姿の人物の横)
・ 男性(出入り口)
解説
1632年、24歳の若さでフェリペ4世の宮廷画家となったベラスケスは、画家であり宮廷役人でした。そして最後には、宮廷役人として最高の地位である王宮配室長にまで登りつめました。さらに、役人として登りつめたベラスケスが求めたそれ以上のものは貴族です。一介の画家には望むべくもない地位です。
ところが、ベラスケスの強い思いに国王が応えたのです。騎士団に迎えよう!ベラスケスは即座に答えます。サンチアゴ騎士団に入れて欲しいと。その紋章は赤い十字架。そう、ベラスケスの胸に描かれた紋章です。ベラスケスは絵画に関して全く制限を加えられることはなく、自ら望むとおりの実験的作品を制作し続けることができました。
ラス・メニーナスが描かれた1650年代は強大な力を誇ったスペインも、すでに斜陽を迎えていました。戦争につぐ戦争。次第に減っていく領土。
この作品は、当時のフェリペ4世一家が画家のアトリエを訪れた場面であると言われています。光と影、明と暗、ベラスケスが仕掛けた見事な構図です。その中心に窓からの光を浴びて立つ王女マルガリータ。当時5才、フェリペ4世の末娘です。きらびやかに着飾って、こちらをまっすぐ見つめる目、つぶらな瞳。その左右に二人の侍女、その右に二人の矮人といかめしい顔の犬、左側には非常に大きなキャンバスに向かって制作中の画家本人が描かれています。中景右端には女官と召使い、後景の戸口には執事が立って、何やらものものしい国王一家の訪問風景となっています。
ところで、その国王夫妻ですが、黒縁の鏡の中に半身像となって映っています。これは非常に不思議な光景で、実際の彼らの姿は見当たらないのです。しかし、よくよく見ているうちにハッとさせられるのは、国王夫妻の立っている位置は、実は私たち自身の位置なのです。そして、さらに驚きを感じることは、絵の中の人物たちが、みなほとんどこちらに視線を投げていることです。ちょうど鑑賞者である私たちと視線を交わすかたちになっていることなのです。
しかし、ラス・メニーナスについてはまだまだ謎が多く、いろいろな説があります。現在では、画面の左端にあるカンヴァスに描かれているのはラス・メニーナスそのものであるというのが有力な説です。

主人公集計結果
マルガリータ |
56% |
真ん中にいる,おしゃれしてポーズも決まっているから、一番明るく描かれているから、みんなが取り囲んでいる、一番年下で、大切に思われていそうだから、金持ちみたいだから、気取っているから、横に召使がいるから、お嬢様っぽいから |
ベラスケス |
23% |
なぜ絵を描いているのか気になった、マルガリータの両親を描いていそうだから、中心にいないのに存在感があるから、この絵を描いたような感じがしたから |
執事 |
9% |
立派な人みたいだから、気になったから、一人だけ離れているから |
侍女 |
5% |
マルガリータに一番接しているから、やさしそうだから、最初に目についたから |
矮人 |
4% |
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国王 |
3% |
いろいろなことを悟ったような顔をしている |
評価
評価カード 年 組 番 班 名前
当てはまる項目をまるで囲んでください。
○自分たちの発表は工夫してできましたか?
(自信がある 少し自信がある 少し自信がない 自信がない)
○発表には積極的に参加できましたか?
(できた ややできた ややできない できない)
○他の作品も見てみたいと思いますか?
(見たい 見てもいい 見たくない)
○先生の説明はわかりやすかったですか?
(わかりやすい ややわかりやすい ややわかりにくい わかりにくい)
○先生は君たちからの意見や質問をきちんと聞いてくれましたか?
( 聞いてくれた まあまあ聞いてくれた 聞いてくれなかった)記述
○他の班の発表で興味深かったことを書いてください 班
○感想(ラス・メニーナスについてでも授業についてでもなんでもよいです)
発表は工夫してできたか
自信がある 少し自信がある 少し自信がない 自信がない
13.5% 18.9% 37.8% 29.7%
発表に積極的に参加できたか
できた ややできた ややできなかった できなかった
18.9% 43.2% 24.3% 13.5%
他の作品も見てみたいと思うか
見たい 見てもいい 見たくない
64.9% 27.0% 8.1%
先生の説明はわかりやすかったか
わかりやすい ややわかりやすい ややわかりにくい わかりにくい
67.6% 24.3% 8.1% 0.0%
先生は意見や質問を聞いてくれたか
聞いてくれた まあまあ聞いてくれた 聞いてくれなかった
64.9% 32.4% 2.7%
授業の様子





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