韓国芸術文化教育振興院

(1)概要

韓国芸術文化教育振興院は、芸術・文化教育の進歩、促進を目的とした、韓国における初めての政府機関である。2005 年2月に設立され、同12 月に、世界で初めて国家レベルで団体や機関が学校と連携して文化・芸術教育の支援に当たるための法律、「文化芸術教育支援法」が制定され、学校や地域社会における芸術・文化の教育を支援する機関として活動を始め、現在に至っている。

(2) 理念

① 基本的な価値観
芸術・文化の専門家と、芸術や文化を教育する現場の人たちが双方向でコミュニケーションを取り合い、お互いに、芸術・文化教育を発展成長させていくことができることを目指している。
② 理念
充実した国民生活を送るために芸術・文化教育の発信基地として、情報を流すだけではなく人材や芸術・文化の資財を提供する、芸術・文化教育の活動的なセンターとしての役割を持つ。
③ 任務
芸術・文化教育を支援するために、情報を誰もが見ることができ、平等に教育を受ける機会を提供することができる環境を整えることを目的としている。

(3) 事業内容

① 学校教育における支援
専門家の学校派遣が挙げられる。現在、演劇、映画、舞踊、漫画アニメ、国楽の5 つの分野で3,500 名の芸術・文化の専門家を4,700 の小・中学校に派遣している。それは、韓国11,000 校の小中学校の約40% にあたり、そのうち小学校が約60%となっている。支援の内容としては、3,500 人の約半数が国楽の派遣者となっている。韓国芸術文化教育振興院玄関
② 教員研修
学校長を対象として芸術文化の必要性や重要性を認識せるための研修を行っている。また、教員研修の場を提供している。しかし、振興院が研修のプログラムを用意しているのではなく、教員の自主的研修チームでテーマを申請し、事業費の支援を行っている。テーマが芸術文化の目的に合っているかを審査し、事業費支援のほか、コンサルティングやアドバイスも行う。
③ 社会教育における支援
地域のセンター、老人養護施設、障害のある人、アメリカ軍の兵隊とその家族、矯正施設などへの芸術・文化教育支援を行っている。2008 年は、736 のコミュニティーに728 人の芸術講師を派遣し、23,000 人を対象に教育を行った。
④ 専門教員( ティーチングアーティスト) の育成
芸術・文化の専門家を専門教員として育成するための研修をおこなっている。ジャンル別に、専門科教員としての資質の向上、教育レベル向上のために、ワークショップやセミナーの開催、専門性を高める研修、会議の助言等を行っている。2006 年から、57 の研修に1,993 人の専門家が参加している。
⑤ 研究開発
教科書や副教材の研究開発を行い、研究の評価も行っている。
⑥ 海外の機関・団体との協力
ユネスコ・ユニセフと連携している。また、イギリス、シンガポール、アメリカ等の団体とも提携を結び、世界の芸術・文化教育の発展に努めている。2010 年5月に韓国で、第2回ユネスコ芸術教育世界大会が開催される。

 

( 4) 事業予算
上記のような予算が組まれている。4年間で10 倍以上に増加している。
2005年80億円
2006年600億円
2009年900億円
人材派遣 70%
教育機材・器具 5%
そのほか( 人件費/ 研修費など)25%
この政策は、芸術家の社会貢献の道を開き芸術家の就職の門を広げる機会となっており、また、芸術を楽しむ機会を持つことの必要性を誰もが感じ、大切な政策であると理解しているので、政権が代わってもこのような予算措置が取られている。
( 5) 派遣のための専門教員(ティーチングアーティスト)について
教科部( 日本で言う文部科学省) で認定した教師ではなく、芸術文化教育振興院と契約を結んだ教師をいう。毎年1 年おきに契約する。派遣のための専門教員に対しての評価は、振興院の教育委員350 人の中で評価をする。評価審査表に項目立てがしてあり、授業を直接見て評価を行う。その時は、授業の姿だけでなく、校長・担任・子どもにも尋ねて評価を行っている。来年度からは、授業を見る回数を増やす予定となっている。
教育現場で、専門的な芸術教育が難しいのを補い、創意や自己表現能力を高めるのが目的であるが、いじめにあっていた生徒がこの制度で芸術に出合い、自己表現力が高まりいじめの解消につながった事例があるなど、芸術・文化教育の向上だけでなく、児童生徒の心の育成にも成果を上げている。
① 芸術文化教育専門教員の派遣のシステム
a .各学校長が学校の研究テーマに即した専門教員の派遣の申請を行う。
b .専門教員が登録。( 資格は、芸術大学を専攻した人)
c .支援事業の内容をWeb サイトにすべて記載し、申請、専門教員登録ともオンラインで行う。
② 芸術文化教育専門教員の研修
教え方、教える能力を高める必要があり、そのために登録者は、まず2 ヶ月の研修を受ける。さらに、年2 回3 年間に140 時間の研修を行う。
③ 芸術文化教育専門教員の授業時数
専門教員が行う授業は、今年から各学校で年間最大630 時間としている。1 人の講師は、476 時間を超えることができない。
( 6) 質疑応答
① 教科部との関わり
芸術文化教育振興院は、文化部( 日本で言う文化庁であるが、文部科学省の中の組織ではなく独立した省である)に属すが、教科部( 日本で言う文科省) と文化部の連携のもとに、どちらからも支援を受けている。
② 学校からの要望
支援の充実化を図りたいと願っている。例えば、現在は授業時数が決まっており、その時間だけ指導しているので打ち合わせや学習の反省の時間がとられておらず、学校の希望通りではない。規定の時間のみでなくより多様な活動に生かしたいという要望がある。また単に指導することにとどまらず教材開発などの活動にも参加してほしいとの要望もある。
③ 振興院の事業支援における課題
地域格差があり、地方では支援の要求があっても、地方に芸術家が少なく、要望に応えれないという実情がある。学校側の申請は、申請が通るための競争率が2 倍、芸術家の応募は3 倍である。したがって、首都圏では、申請に対する派遣を行いやすいが、全国的に見れば、要望件数に対して派遣する専門教員が少ないため、首都圏から地方へ芸術家を派遣する事業も行っている。
④ 芸術文化教育振興院における芸術と文化の比重
設立当初、純粋芸術を対象とした振興目的であったが、次第にデザイン・写真・工芸などの文化にも力を入れるようになってきた。しかし、伝統・文化を教えることができる人材が少ないため、専門教員をどのように確保するかが、大きな課題となっている。
( 7) 考察
韓国では、近年、急速な経済や産業の発展に力を注ぎ、地域の文化の継承・発展にあまり力を入れていなかった。そこで、中央政府が、この事業によって各地域の文化・芸術団体の活動を活性化させる必要があった。
現在、日本でも伝統的な文化の伝承が難しくなってきている。新学習指導要領で、伝統と文化の理解や尊重について明示された今日、芸術・文化の専門教員の学校派遣制度等は、見習うところが多い。特に、音楽などの実技教科において、このような専門教員の派遣制度は、学校の教員にとっても指導技能を高めることができる機会となり、指導に生かすことができると思われる。