美術教育でできる国際理解教育の実践
同一テーマによる授業実践国際交流「アートランチ・プロジェクト」
兵庫教育大学 福本謹一
兵庫・尼崎市立武庫北小学校 大津雅子
1. はじめに
アートランチ・プロジェクトは、ポルトガル、ドイツ、イギリス、フィリピン、トルコ、スロベニア、フィンランド、デンマーク、ポーランド、日本の計10カ国の美術教育関係者による国際的な授業実践交流をめざしたもので、「アートランチ」という同一テーマをもとに各国の図工・美術教師や学級担任が大学の美術教育研究者とともに題材の解釈を行い授業に取り組むという継続中のプロジェクトである。既に完成した児童・生徒作品はウェッブ上に公開して他国の子どもたちの作品を相互鑑賞することを可能にしており、現在鑑賞学習に利用している国もある。http://www.art.hyogo-u.ac.jp/fukumo/ArtLunchProject/ArtLunchHome.html
アートランチという「食」をテーマに題材設定した理由は、食文化という人間の根源的な欲求を元にすることでより普遍的な教材の魅力につながりやすいことや文化の差異性が反映されやすいことがある。また日本では、小学校低学年の教科書題材として取り上げられている他、食品サンプルを展示する習慣が大正期頃から発達し、ミメーシス・アートとしての位置づけもなされていることである。
2. 各国における授業実践内容
アートランチという同一テーマに対する共通題材に対して各国の教師の取り組みはどうであったのか、また子ども達はどのような反応を示したのだろうか。また授業展開においては、どのような材料を利用し、どのような表現を追求したのだろうか。
国別に授業の構想や表現活動について紹介してみたい。
ポルトガル
エミリア・カタリナ教諭による中学校1年生を対象にした授業実践は、芸術、英語、科学(栄養学)、地理、歴史文化、服飾、宗教などを関連付けた教科横断的な学習(合科)の一環であったことが特徴である。学習の主なねらいは、料理と芸術、表現形式、生活様式、感情に関わる文化的差異を理解するという総合的なものであった。
基本的な授業展開は、外国の歴史文化等についての調べ学習に基づく話し合い(国際理解)を行い、地域のリポートを各自提出する。次に粘土を主材料にしたアートランチの表現活動を行い、そのレシピを考える。廃材などを利用したフォーク、ガラスコップなどの製作を行い、テーブルセッティングを考えて展示するといったものである。
スロベニア
小学校3年生を対象に、マリアナ・プレボドニク教諭は、造形材料の安全性など環境的意識を高める廃材利用の造形学習を構想し、保護者との連携で有害物質を含まない安全な材料収集から行った。次に日本とスロベニアの代表的な料理の調べ学習に基づいた造形発想を重視している。教師側からは、ザンチ(キャベツを中心にした野菜スープ)、クロバジ(特別のソーセージ)、トゥルクルジ(チーズを包んだおもち)などのスロベニアの伝統的な料理を造形表現することが提案されたが、子ども達の嗜好や実生活を反映したチョコレートケーキ、お手製クッキーなども許容されている。制作後、「春のバザー」と題した校内文化祭で展示すると同時に、電子メールで海外の子ども達向けに「いろいろな料理を贈り物にします」「魚料理を作りました」「あなたの国の料理とは違うスロベニア料理を厚紙や粘土で作りました。どうぞ召し上がってください」といったメッセージを発信している。
トルコ
トルコでは、ディレク・エイサー教諭とアイセ・イルハン教授が小学校4年生を対象にプロジェクトの内容を伝達した。ブレインストーミングをしながら自由な雰囲気で子ども達は色画用紙でコラージュしてアートランチに関するアイデアをふくらませた。その後、食に関する調べ学習を行いレポートを作成し話し合いの場を設けて、食文化に関する基礎知識を得ている。授業の特徴としては、「地域の専門家」として日本領事館からも担当官を派遣してもらい、日本の寿司や弁当など日本料理に関する説明を受けて子ども達の文化的興味・関心を高めている。領事館側もこの招待に際しては、日本の食文化を紹介する魅力的なパネルなどを準備し、国際理解教育に資するように積極的な協力を行っている。
フィンランド
リーナ・ヒロス教諭が小学校3年生を対象に取り組んだもので、主材料として粘土、紙、廃材の人工材に加えて木の葉のような自然材を利用いることが特徴で、おだやかな色調の作品に仕上がっている。基本的には日常食を造形化したものである。フィンランドでは小学校で図工専科は存在しないため、学級担任が図工を担当している。
フィリピン
ディーナ・マルチェロ教諭が5年生を対象に「フィリピン食祭りランチ」と題して行っている。造形的な技能に関わるねらいの他に、認知に関わるものとして、「環境問題を意識させるために資源の節約を考えながら造形表現させること」、「紙を主材料にして料理を想像力を駆使して工夫すること」などを設定し、情意的側面として、「廃物利用による造形の可能性を鑑賞すること、人々に環境意識を高めるために美術が役立つことを知らせること」、「地球環境保護に必要な意志決定をすることの重要さを考えること」などを設定している。
特徴としては、造形とリサイクルの環境的視点を強調していることである。子ども達は、リサイクルに関する知識をゲーム形式で楽しく学習した後、廃材、民芸、純粋芸術、美についての考察を深めた後、リサイクル・アートとフィリピンの代表的な料理に関する参考資料をもとにアイデアをふくらませて張り子の技法をもとに造形表現に取り組んでいる。レチョンと呼ばれる豚の薫製や、イニホ・ナ・プシと呼ばれる焼きイカなどの行事食がその主なものであった。
ドイツ
ペトラ・ワインガード教諭は、4年生を対象に「食べる芸術」と題した授業を実施している。外国の子ども達がどのような食事をするのかについて話し合いをさせた後、参考作品などを提示し、アイデアをふくらませる支援を行っている。構想段階に十分な時間を割き、子ども達が表したい食事をいかに表現するかを熟考させている。使用する材料としては、教師側が絵の具、木くず、木片、布、テニスボール、発泡スチロール、チョーク、厚紙など多様な物を提供していた。
子ども達は、造形表現もさることながら、もてなす演出にも力を入れて相互鑑賞を通してテーブルセッティングの効果についても考えている。
イギリス(スコットランド)
英国スコットランドのリンゼイ・ブルック教諭は、6年生を対象に、「外国の友だちに想像豊かなランチを造ろう」と呼びかけ、インターネット等で日本とスコットランドの料理について調べ、外国の友だちに楽しんでもらえそうな食事の絵を描くことからスタートしている。線の表情や色に対する意識を高めることを重視した描画活動をもとに立体表現につなげる実践を行っている。地域的な要素とも相まって、困難校の子どもを対象にした取り組みであったが、子ども達にも概ね好評の題材であり、描画スキルの育成と工作を巧みに関連づけた実践であったように思われる。
日本
日本では、兵庫県尼崎市武庫北小学校の大津雅子教諭が4年生を対象に実践を行った。「おいしさ満点!うそっこ・まねっこ・なりきりランチ!!!」という題材名で、主なねらいを次のように設定している。
・外国の小学生との交流に期待しながら、自国の食文化を造形表現として伝えることに興味や関心を持ち造形感覚を働かせ活動を楽しむ。
・素材の扱い方や組み合わせ方から発想を広げる。
・今までの経験を元にした技能を駆使し造形感覚を働かせて表し方を工夫する。
・友達の材料の扱い方や表し方などの違いに気づきそれをヒントにした自分ならではの表現活動ができる。
・外国の小学生の造形表現を楽しみ、自分たちの造形表現との違いを異文化として感じる。
これらのねらいに反映されるように、子ども達が「偽物であってもそっくりにするための材料の工夫をどうするか」というこだわりが求められた。大津教諭は、「紙粘土でおにぎりを作ったりするのは、低学年でもできるし、4年生としておいしさを満点にするために材料の組み合わせを考えなければ4年生の値打ちはない」と断言する。「それに、オリジナルのお弁当箱にどう並べられるのか、彩りを考えることが大切だし、世界の子ども達を対象化して取り組むことで身の回りのものの美しさを見据えること、ひいては日本のもののもつよさの再認識につながると考えた」と美意識や和文化へのまなざしを大切にしている。
子ども達は、最初は個別に、そして最終的にはグループで「おいしさ」という非視的な味覚を造形化するために様々なお弁当箱のアイデアを考えると同時に、「本物らしく見せる」ための材料の選択や工夫を行った。
お弁当の形として、星形、チューリップ型、紅葉型、カニ型、雪だるま型などが生まれた。その中にからあげ、エビフライ、おにぎり、ブロッコリ、だしまきなどの料理をどう配置するかを考えた仕切も工夫している。
これらの料理を紙粘土、たまご・くだもの容器、シュレッダーのごみ、アルミ容器、布、砂、木くずなどいろいろな材料を組み合わせて作っていた。最初は紙粘土で形をまねて、絵の具でそれらしく塗るだけで満足していた子ども達も、他の子ども達の工夫に刺激を受けて、次第に「そっくり」に見える技術開発にしのぎを削るようになり、いい意味での「騙し合い」に発展していった。
ある子が紙粘土と木くずを組み合わせてエビフライを作ると、何人かが「おー、うまそう」と声をあげて「まねっこ」の輪が広がり、よりこんがり焼けた感じを出すために色を濃くしたり、木くずの量を増やしたり、木くずへの色の付け方をビニール袋の中でまぶすようにして付けるなど、おいしさの演出の工夫が多様化していった。グリーンの不織布はキャベツに、スチロール製の果物用網は切断されてお米に、紙粘土を丸めてボンドを付けて砂をかけるとたこ焼きに変身していった。
最後は、それぞれのお弁当箱に配色を考えながら盛りつけて、ジャパニーズ・ランチの相互鑑賞会を行った。お手元やお醤油の入れ物など日本にしかない部分も説明してみたいという意見にみられるように、子ども達はインターネットに公開された他の国の作品を鑑賞することを通して、自分たちの作品や文化の違いなどについて交流ができることを楽しみにしている。
3. アートランチプロジェクトの意義
アートランチプロジェクトでは、アートランチの造形表現授業と合わせてアンケート調査を行っている。それぞれの国の代表的な料理の紹介、子どもたちの食事(夕食)風景の描画などの他、授業における振り返りに関する項目が含まれている。
食事(夕食)風景の描画は、家庭環境のプライバシーの問題等もあり、全ての国で回答を得たものではない。基本的には、アートランチ表現がモチーフとしての料理の模倣に意識が向かいがちなため、この描画を通して家族の様子やテーブルセッティングといった文化的な背景と個の関わりについて意識させることを啓発するものであった。描画表現としては、料理のみを描いたもの、テーブルセッティングを描いたもの、家族との団らんの様子を描いたものなど多様である。多くの子ども達が家族と一緒に食事をとるという回答が多かったが、ごく少数ながら様々な事情で弧食する子どもが存在することが伺われた。
このように食を通して子ども達が自分や家族を見直すこと、そしてそれぞれの国で同じような生活を共有していることを実感できれることにつながればアートランチプロジェクトはそれなりに意義があったと考えられる。
今回のアートランチプロジェクトは、現在進行形のものであり、現在デンマークとポーランドの子ども達が取り組みを行っている。造形表現の表れとしては自国の伝統的な食文化の模倣・伝達に依存するものが多く、想像的・空想的な作品はほとんど見られず、表現の方向性の問題はあったが、プロジェクトに参加した教師達は一様に教育実践レベルでの交流が図れたことを評価している。特に子ども達は食という横糸に様々な文化という縦糸を通して国際理解への足がかりを確かなものとしたように思われる。自分たちの思いを形象化する向こう側に他国の同世代の子ども達の造形に取り組む姿を想像し、生活の様子に思いをはせたに違いない。子ども達は自分たちの造形表現プロセスを通して自国の文化への誇りや価値を再発見しただろうし、学級という閉じられた空間での他者ではなく、グローバルな空間における目に見えない他者を意識する中で、互いの文化と造形作品の表れの違いを認め合う活動が展開されたはずである。実施時期にずれがあるものの、特にインターネット上で公開される自分たちと他国の子ども達の作品をほぼリアルタイムに確認できることは、自分たちの造形活動のリフレクション(振り返り)と相互鑑賞をよりリアルなものにして、時間と空間を共有する喜びに通じるものを感じただろう。同一テーマに取り組むという共通認識は、教師にも児童にもある種の競争的な意識と同時に協同的な感覚を醸成したという何人かの教師達のコメントは、そのことを裏付けもしているし、そうした感情の高まりが交流する価値や相互の感情理解の契機を生み出す働きをすることを示している。
4.おわりに
「美術を通した教育」は、「美術を通した国際理解」でもあるに違いない。このような教育現場における実践交流には言葉の壁もあって難しい側面もあるが、美術表現が言語表現を超えて優れたコミュニケーション手段であることを認識すれば、美術の価値を国を超えてアピールすることにつながるだろう。さらにそれは、日本の子ども達が外国の子ども達と交流することを通して、異質なるものの認識から出発しながら人間としての共通認識に立つという小さな平和への願いの第一歩にもなるだろう。
(ふくもときんいち、おおつまさこ)